はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

迷子のヒナ 21 [迷子のヒナ]

「ああ、そうだな。パーシでもいい。いや、せめてパーシーとのばしてくれるとありがたい」にっこりと笑って立ち上がったパーシヴァルは、ヒナに向かって言った。「ようやく会えたな、ヒナ」

「ヒナのこと知ってるの?」

ヒナが好奇心むき出しで駆け寄って来た。だが、ジェームズのただならぬ気配に気付いたのか、それとも自分の不作法さに気付いたのか、パーシヴァルまであと数歩というところで足を止めた。

「ヒナ!部屋へ戻りなさいっ!」

部屋にジェームズの怒声が響く。普段は滅多に声を荒げないジェームズだが、ヒナに言う事を聞かせるためにはこのくらいは必要だ。あるいはジャスティンの名前を出して、えぐい脅しをかけるかだ。

「ジェームズやめろ。怯えているじゃないか」

ヒナが怯えている?その言葉のおかしさに思わず吹き出しそうになるのを堪えながら、ジェームズは突き刺すような視線をパーシヴァルに向け言った。「気安く呼ばないで下さい、クロフト卿」

だがパーシヴァルはジェームズの言葉など無視して、ヒナに手を差し出した。

「僕はパーシヴァル・クロフト――。ヒナ、君の名前は?」

ジェームズはヒナとパーシヴァルの間に立ちはだかろうと動いたが、質問の答えを自分も知りたいという好奇心に勝てず、つと足を止めた。
ヒナのすぐ横に立ち、目を光らせる。パーシヴァルが少しでもヒナに害を及ぼすようなら、腕の一本くらいは使えなくしてやるつもりだ。

「ヒナ――」と答えたヒナは不思議そうにパーシヴァルを見つめている。どうしてそんなことわざわざ聞くの、といった顏だ。

ジャスティンにも言わない事を、他の誰に言うっていうのだ。ジェームズはなぜかホッとした。

「ヒナ、部屋へ行きなさい。ジャスティンでも必ず同じ事を言うぞ」

ジャスティンの名前は驚くべき効果をもたらした。黙って置いて行かれたのが相当こたえているらしい。
ヒナはそれこそ怯えたように目を見開き、それから目を伏せ、囁くように返事をした。

「はい、ジャム……」

ヒナがそう言うのと同時にホームズが慌ててやって来た。ジェームズは無言で老執事を睨みつけた。あれほど言っておいたのに、このことがジャスティンに知れたら、さすがのホームズも失職を免れないぞ。

「お坊ちゃま、さあさあ――」ホームズはヒナを追い立てるようにして出口へ向かう。申し訳なさいっぱいの目をジェームズに向けると、深々とお辞儀をしたまま戸をしっかりと閉じた。

「噂では、ジャスティンの愛妾だと聞いたが?随分と大切にされているんだな」パーシヴァルは面白がるように、ふふっと微笑んだ。

「クロフト卿、あの子がそういう子でない事は見てすぐに分かったと思いますが?」
ジェームズは険のある声で返した。

「どうだろうか?僕だってそうは見えないだろう?それに三年も一緒にいて、手を出していないと?」

そうは見えないだと?
確かにこの上品で優雅な男が、複数の男とベッドにいる姿など、知っていなければ想像すらしないだろう。だがジェームズは知っている。彼が二人の男を同時に迎い入れることが出来る事も、一昨日の晩にそれをやってみせたことも。

その時の悦楽の表情を思い出し、ジェームズの身体が疼いた。あんな顔を見せられたら、誰だって――

「ジェームズ?どうした?」からかうような響きも艶っぽさもない、ヒナと同じで、無邪気さを感じさせるような問い掛け。パーシヴァルは、まさかジェームズが自分に対して欲情するなどと微塵も思っていないのだろう。

「パーシヴァル。出来ればこのまま帰って欲しいが、わざわざジャスティンの不在を狙って来たからには、簡単には帰らないのだろうな」
諦めたような溜息を吐き、いつまでも立ったままのパーシヴァルに腰をおろすように促すと、呼び鈴を鳴らす為部屋の入口へ向かった。

どうやら、熱いコーヒーか、強いアルコールが必要だ。

つづく


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迷子のヒナ 22 [迷子のヒナ]

「お坊ちゃま、お願いですから、ここでシモンと一緒にいてくださいね。シモン、お坊ちゃまがチェリーパイを食べるのをしっかり見ていておくれ」そう言って、ホームズは、ヒナをキッチンに残し、ティーセットと焼き菓子を乗せたお盆を手に上にあがっていった。

ヒナは椅子を引き寄せ、調理台に向かって座った。肘をつき、両手に顔を乗せ、向かい側に立つシモンを見上げ訊いた。

「ねえ、シモン。パーシーのこと知ってる?」

「パーシー?いいえ。誰ですか?」

「えっと……緑の目をした綺麗な人」

シモンは困惑した。おそらくパーシーとやらは、男性だ。綺麗な人と表現するのはいかがなものだろうか?しかし、ジェームズもまれにみる美しい男だ。彼を綺麗と表現するのにはいささかの疑問も差し挟まない。ということは、パーシーも非常に美しい男なのだろう。

とはいえ、美しい女にしか興味のない――大抵は――シモンにとって、パーシーはまったく興味の対象外なのだが。

「緑ですか……ヒナは初めてですか?緑の人は」と青い目をしたシモンは尋ねた。

主人がどこからか連れ帰って来たこの少年は、この三年余りほとんど外出をしていない。一日のほとんどを邸内で過ごし、外部の人間と関わることもない。だが、この屋敷で働く者やスティーニー館の従業員も含めれば相当数、ヒナと関わっていることになるのだが。

「ううん」

ヒナはそれだけ言うと、開いた口にチェリーパイを押し込んだ。

シモンはヒナの表情を追った。

みるみるうちに笑みが広がっていく。パイのかすを口の端につけ、それを舌先で舐め取った。反対側についたクリームも舐め取ろうとしたが、さらに遠くへ押しやっただけになった。ヒナは二口目を頬張った。フォークで刺しきれなかったチェリーがテーブルに転がった。ヒナはシモンを見て、ニッと笑い、指先でつまんで口へ放り込んだ。

美味しいですか?と聞きたくなるのを我慢して、シモンはヒナが皿を空にするのを待った。ヒナの勢いが止まらないのを見るや、シモンは急いで貯蔵庫へ向かった。

「ヒナ、苺のアイスを作ったのですが、食べてみますか?」

「いいの?」

おひさまのような笑顔を向けられ、シモンは部屋に放置されたアイスのように溶けそうになった。
最初、シモンは主人が子供を連れ帰った事を快く思っていなかった。しかもその子供が大人と一緒に食事をするなど――しかも同じメニューで――とんでもなく不愉快な事としか思えなかった。
だがヒナはキッチンまで来て、美味しいと伝えてくれた。訳のわからない言葉に続き、たどたどしく『セ…ボン』と言われた時には目に涙が滲んだほどだ。この家のものは料理が美味しいのはあたりまえだと思っている節がある。面と向かって感謝されたことなど一度もなかった。ヒナが来るまでは。ヒナが来てからというもの、主人からの褒めの言葉も折触れ聞けるようになったし、何はさておき給金が上がった。これほど喜ばしいことがあるだろうか。

というわけで、シモンは苺のアイスを銀のボウルに盛り付け、チョコレートも添えた。程よく冷めた紅茶をカップに注ぎ、給仕のまねごとまでしてみせた。

「ありがと、シモン。これ、おまけ?」ヒナがチョコを指差し言った。

「そう、おまけだ。ヒナを太らせるのがわたしの使命だからね」

つづく


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あとがき
こんばんは、やぴです。
シモンとヒナは仲良しさんです。

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迷子のヒナ 23 [迷子のヒナ]

「てっきり歓迎されていないと思っていたよ。まあ、出来ればシェリーのほうがよかったけど」
パーシヴァルは優雅に紅茶を飲みながら、いわゆる相手を籠絡させるような魅惑的な視線をジェームズに向けた。

ジェームズはカップに手を伸ばした。
こういうパーシヴァルが危険なのは分かっている。なにか企んでいるのだ。それはいったいなんだろうか?

ジェームズはあえて返事をせず、朝食の席で飲み損ねたコーヒーを口に運んだ。

「あの子の名前は?」

さりげない問い掛けだ。

「ひとつ尋ねておきますが、あの子に興味を持つのは個人的な理由からですか?それとも――」

「もちろん、個人的な理由だ」

まったく躊躇しない返事。パーシヴァルが明らかに毛色の違うヒナに興味を示したのは、おそらくブライス卿と別れたことが原因なのだろう。そうでなければ、浴槽でプリンを食べながら転寝をして湯船に沈むような子供と、ベッドを共にしたいと思うはずがない。

「それなら――」名前を教える――教えようにも知らないのだが――どころか、今すぐに屋敷から追い出さなければ。

「といっても、あの子はちょっとばかり、なんていうか……幼すぎるな。僕の趣味じゃない」パーシヴァルは意味ありげに微笑んだ。

ジェームズはからかわれているのに気づき、顔が熱くなるのを感じた。こんな男の前で頬を赤く染めるなど、屈辱でしかない。ヒナのおかげで、かかなくてもいい恥をかいている気がする。どうやらあの子は厄介ごとを持ち込む天才らしい。

つい先日も――

「個人的な理由には変わりないが、あの子に関する情報を僕が握っていると言ったら、答えてくれるかな?」

パーシヴァルの声に、ジェームズは先週起きた、<仕立屋ホリー邸内失踪事件>を思い出さずに済んだ。

「ヒナの情報?あなたとどういう関係が?」問い返したジェームズだが、いまの質問にパーシヴァルが答えるとはとても思えなかったので、そのまま言葉をつづけた。「あの子の名前は僕も知りません。もちろんジャスティンも」

パーシヴァルは、それは興味深いといったように眉をピクリと動かした。

「嘘ではないです」ジェームズは念のため付け加えた。

「嘘だとは思っていないよ、ジェームズ。ただちょっと、不思議に思っただけさ。ここは子供を置くには相応しい場所とは言えないから。特に、あちらは――」パーシヴァルはスティーニー館のある方を指し示し、ゆっくりと笑みを浮かべた。

「もちろん。自由に出入りなどさせていません。あの子が目にしてもいいようなものは一切ありませんから」

当てこすりに気付いたのか、パーシヴァルは乾いた笑い声を洩らした。

ジェームズは話を元に戻すため、ひとつ咳払いをした。

「ところで、あなたが握っているヒナの情報とはなんですか?」

つづく


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あとがき
こんばんは、やぴです。
ジェームズvsパーシーがしばらく続きます。
ちなみに<仕立屋ホリー邸内失踪事件>とは、ヒナの服を仕立てにやって来た、ミスター・ホリーが屋敷の中で行方不明になるという…面白い出来事です(笑)もちろん犯人はまったく悪意のないヒナですけどね。 

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迷子のヒナ 24 [迷子のヒナ]

「あの子は三年前にウェルマスで保護され、ここへ連れてこられた。日本語をしゃべる十二歳の少年。髪はダークブロンドかな?目は茶色――新聞に載っていた情報はそれだけだったよね?それに対して、身内だと名乗り出た者はいなかった。だから、そのまま面倒を見続けている」

パーシヴァルは息も継がず出し抜けに言った。

「いったい何が言いたいのですか?」

まるで相手の意図するところが読めない。ジェームズはこんなふうに先が読めない状況を苦手としていた。パーシヴァルがここに来た目的が、三年前に保護した少年の身元を明らかにするためとは到底思えなかったからだ。
いまさら――そう、いまさらだ。ヒナの事など誰一人として知らないかのような状況のなか、なぜこの男だけがヒナに関する情報を持っているというんだ。

ジェームズは不信感も露にパーシヴァルを睨みつけた。

「昨日一日で調べたんだよ。ほんと大変だったんだ。僕は当時ロンドンにいなかったし――もちろんウェルマスにもね――新聞も読まなかった。だから事故の時にいなくなった子供がここにいるとは思いもしなかったんだ」

ジェームズは背筋が強張るのを感じた。やはり事故は起きていた。そして、パーシヴァルはヒナと何らかのつながりがある。予想できなかったことでもないが、どこかで否定したい気持ちがあったのだと、ジェームズは感じていた。ヒナにかかわるすべての出来事は、ジャスティンに多くの影響を及ぼす。いい事であれ、悪い事であれ。そしてジャスティンに何かあれば、その影響はジェームズにまで及ぶ。

これ以上聞いてはいけない。もしもいまヒナの身元が明かされたとしても、自分が判断できることはひとつもないのだから。

「申し訳ない、クロフト卿。この話はジャスティンが戻ってからにしてくれないか?」
ヒナがここから去って行く姿を想像して、声が震えた。そうなったらいったいジャスティンはどうなってしまうのだろうか?

「僕を追い出そうっていうのか?」

「まさか」

「そう?帰って欲しいなら、帰れと命令してくれればいいだけの話。でも、もしそうするなら、君はそれ相応の覚悟が必要だ」

ジェームズは珍しく途方に暮れた。パーシヴァルが命令されるのを許すのは、ベッドの上だけだと知っているからだ。

「そんなに困った顔をすることはないだろう?君がジャスティン以外の男になびかない事を知っていても、僕がまるでダメな男みたいに思えてくるよ」
パーシヴァルは胸に片手を置き、大袈裟に傷ついたふりをした。

「そういうあなたも、僕みたいな男よりも、身分の高い伊達男の方がお好きかと存じますが?」

ジェームズはパーシヴァルの出来たての傷を最大限えぐってやった。
ブライス卿に振られて、前後の見境がなくなるほど酔っぱらい暴れた夜の事をよもや忘れてはいないだろうから。

けれど、意外にもパーシヴァルの反応は薄かった。

「それはブライスの事を言っているのか?僕がどれだけ苦労して別れたのか知ったら、君は僕を抱きたくてたまらなくなるよ」そう言うと、パーシヴァルはすっくと立ち上がった。腰をくねらせるようにして軽く伸びをすると、腰を折ってジェームズに顔を近づけた。

「コヒナタカナデ――もし、あの子の名前がそうだったら、あの子はラドフォード伯爵の孫ってことになる。つまりは僕の……うーん、とにかく親戚だ」

つづく


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あとがき
こんばんは、やぴです。
ヒナの身元が!?
そんでもって、パーシーの目的はまだまだ謎です。 

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迷子のヒナ 25 [迷子のヒナ]

まったく。腹の立つ男だ。事情も知らないくせに。

パーシヴァルはまるで無頓着を装い、戸口へ向かった。これ以上ジェームズに傷口をつつかれるのは御免だし、ヒナが自分の求めていた人物でほぼ間違いないことが確認できたのだから、いつまでも狭い場所でぐずぐずせずに、これから朝食でも食べに行こう。

いくら突然訪ねてきたからといっても、こんな小さな客間に通さなくてもいいだろうに。帰る頃になってようやく怒りが湧きあがってきた。

「待ってください、クロフト卿。まさかこのまま帰るつもりじゃ」

やれやれ。パーシヴァルは振り向きもせず、手をひらひらと振った。「帰れと言ったのは君だ。ジェームズ」

「ラドフォード伯爵の名前が出てきて、黙って帰すとでも?パーシヴァル」

おや。またパーシヴァルと呼んでくれた。どうやらジェームズは僕に言う事を聞かせるコツを掴んだようだ。

パーシヴァルは足を止め振り返った。
ありもしない袖口のほつれを気にしながら、もう一声欲しいなという視線を送ってみた。ここへ戻って僕の隣に座ってくれ――小さな椅子だから膝に乗ることになるが――、とでも言わないだろうかとジェームズを見つめる。

「ラドフォード伯爵には孫など存在しないはずですが。だからこそ、あなたが爵位を受け継ぐのでしょう?」

ジェームズのやつ、無視するつもりだな。それならそれでいい。こっちはさほど急いではないし――とは言え限度はあるが――ジャスティンが戻るまで少なく見積もっても三日はある。その間にヒナと接触できればそれでいい。

パーシヴァルは口元だけで笑みを作り、前に向き直り足を踏み出した。

一歩と行かず、ジェームズがもう一声上げた。

「あっ、あなたの好きなプロフィトロールを用意させますっ!」

魅力的な一言だった。さすがは会員の個人情報を、余すことなく、把握しているだけのことはある。ジェームズの必死さも伝わってきたし。とても気分がいい。

「ちょうどお腹が空いていたんだ」にっと笑い、立ち去る時よりも早足で元の椅子へ戻る。深く腰掛け足を組むと、片方の肘掛に肘を預け寄り掛かった。

ジェームズがあたふたと執事を呼びつける様をのんびりと眺める。これまで気づかなかったが、ジェームズはなんといい男なのだろうか?だがあの堅苦しい表情だけは感心しない。まるで自制心の塊だ。

いまやパーシヴァルは上機嫌だった。こちらが優位なのは間違いない。たっぷりと余裕のある姿をジェームズに見せつけ、その取り澄ました仮面を剥してやるのだ。

ここへ来た本来の目的も忘れ、ジェームズを誘惑しようとしている自分に気づき、パーシヴァルは己の貪欲さに失笑した。

つづく


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迷子のヒナ 26 [迷子のヒナ]

「ねえ、シモンは乳首にキスされたらどんな声が出る?」

ヒナはおよそキッチンには相応しくない話題を突如持ち出した。シモンはたったいまアイスに続くデザートを新たに提供したところだったが、座った椅子から転げ落ちそうになった。

「えー、っと……ヒナ?誰かにされたのかな?」

思い当る人物はひとりしかいなかったが、そう尋ねずにはいられなかった。

「ううん」ヒナは言葉少なに返した。

シモンの知る限り、ヒナはお喋りだ。それなのに、肝心なところで答えて欲しいことの一〇分の一も口にしないのは、思いのほかゴシップ好きのシモンには耐えがたいことだった。

「それでは、ヒナが誰かにしたのかな?」たとえば、この館のあるじとか?

「ジュスにしたの。でもわざとじゃなくて……あ、でも二回目はわざと。かじったのも」

か、かじった?
この愛くるしい子供が、まさか主人とそのような関係にあろうとは!いや、薄々は気付いていた。だが、よもやそこまで関係が進んでいたとは思いもしなかった。

ジェームズはさぞ心を痛めたのだろう。
彼はあるじをもうずっと長いこと愛しているのだから。

「かじって、それから?」

ああ、いけない。子供にこんな質問をしてしまうとは。けれど、もたげた好奇心を抑えることが出来なかった。

ヒナはクリームたっぷりのプロフィトロールをさっと口に入れた。ふふっと微笑んで、ゆっくりと時間を掛けて咀嚼し、もうひとつ口に放り込んだ。

どうやらその先は答える気がないようだ。

シモンは諦め、紅茶の入ったカップにブランデーをほんの少したらした。本当はブランデーにほんの少し紅茶をたらしたいところだが、ヒナを見張る役目を担っているからには、わずかな油断も禁物だ。油断した果てに、二日間屋敷の中で彷徨うはめになった、ヒナの仕立屋の事を思い出して、シモンは身震いをした。もしかすると、わずかなブランデーさえも命取りになるかもしれない。

案外危険な子供なのだ、ヒナは。

「ジュスに言ったの――」

「何を言ったのかな?」のんびりとカップを口に運び尋ねる。

「シモンはいっぱいキスしてるって」

ヒナの予期せぬ発言に、シモンは紅茶を勢いよく吹き出した。テーブルの端に座っていたのがせめてもの救いで、床を濡らすだけで済んだ。

「あ、たくさんだったかな?ううん、ながーくだ。シモンのおかげで、ヒナも長くしてもらった。あ、いっぱいだ」

いったい、この子は何を言っているのだろうか?意味が分からないのは、わたしがおかしいからなのだろうか?ああ、やはりブランデーは控えるべきだった。

「ヒナ、今後わたしのことを誰かに告げ口してはダメだよ。特に、キスやあれこれは」

ヒナはぬるくなった紅茶を啜りながら、「うんっ」と思い切り頷いた。

「ああ……」キッチンにシモンの情けない声が響く。

ヒナのクラヴァットが茶色に染まったのは、言うまでもなかった。

つづく


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迷子のヒナ 27 [迷子のヒナ]

ヒナは手にしていたカップをひとまず置き、胸もとを見下ろした。

「シモン、こぼれちゃった」

まるで焦る様子もなく淡々と言うヒナに、シモンはやれやれと首を振った。

「おやおや。ダンを呼びましょうか?」

ヒナの粗相に慣れっこのホームズがキッチンへ再びやって来た。

「あ、ホームズ」ヒナはそう言って、ほどいたクラヴァットをテーブルの上に置いた。「ダンはお出掛けしてる」

「そうでしたね。ところでシモン、プロフィトロールはまだ残ってるかい?」
ホームズは棚の上から客用のティーポットを取り出しながら尋ね、ヒナが皿に残ったプロフィトロールを慌てて食べる様子を微笑ましげに見やった。選んだティーポットは飾り気のない真っ白なもの。追い払いたい客がいる場合、ホームズはいつもこれを選ぶ。

それを知っているシモンは、客について詮索したそうな顔で「ありますよ」とキッチンの奥へ消えた。

「ああ、よかった。ジェームズ様がすぐに持ってくるようにと、言ってね」

「ヒナが冷やしてみたらどうかというから、氷温室に置いておいたんだ」すぐに戻って来たシモンは銀製の蓋つきボウルを手にしていた。蓋を開けて、ヒナにひとつ取らせると、皿にささっと盛り付け、用は済んだとばかりに元の椅子に座った。

「パーシー、まだいるの?」
ヒナが身を乗り出して、コンロの前でやかんを手にするホームズに問いかけた。

ホームズはヒナの好奇心を煽る気はなかったが、嘘もつけないので「ええ、まだいらっしゃいます」とそっけなく答えた。

「いったい何の用事で来たっていうんだ?」シモンは不満げだ。それもそのはず、急な訪問者のおかげで、休み時間中だというのに仕事をさせられているのだから。

「何の用事?」ヒナがシモンの言葉を繰り返す。

ホームズはささやかに、チッと舌打ちをした。

シモンが余計なことを尋ねたせいで、お坊ちゃまがまた客間へ行きたくてうずうずしているではないか。『パーシーとお茶するっ!』とでも言われたら大変だ。

「さて?」ホームズはとぼけ、手際良くお茶の準備を済ませた。

これ以上ここにいては危険だ。ホームズは銀盆を両手で持つと、そそくさと出口へ向かった。

「ヒナ、お手伝いしようか?」

ホームズの背に小悪魔がささやいた。そろりと振り返り「大丈夫です」とやんわりと丁寧に、それでいて決然と断る。

ヒナが不満そうに口を尖らせた。背の高いホームズを見上げ……それはもう、ほとんど懇願するような目つきをしている。

「そ、そういえばお坊ちゃま!図書室に旦那さまからのプレゼントがありますよ」

ホームズは早くも奥の手に出た。
ヒナに手を焼くようならと、ジャスティンがあらかじめ準備したものだ。

まだ初日の午前中だと言うのに……。ホームズは己の力不足に肩を落とした。

「ジュスが?」
言うが早いか、ヒナはすでにキッチンを出ていた。

つづく


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迷子のヒナ 28 [迷子のヒナ]

ジェームズは決めあぐねていた。

とっさにパーシヴァルを引きとめたものの、果たして自分がジャスティンよりも先にヒナに関する情報を得ていいものだろうか。ほんの数日、自分は耳を塞ぎパーシヴァルには口をつぐませれば、ジャスティンにいらぬ嫉妬をされることもない。

ジャスティンはヒナに関する事では、常に一番でいたい男なのだ。

「ジェームズ。君はお茶が運ばれてくるまで、ずっとそうやって戸口に立っているつもりかい?僕は噛みついたりしないよ」

ジェームズはゆっくりと視線を、絨毯からパーシヴァルの宝石のような緑の瞳に向けた。寄りかかっていたサイドボードから身体を離し「噛みつかれる方がお好きですからね」と歩み寄る。

パーシヴァルが呻いた。興奮しているのか頬が上気している。お互いが優位に立とうと言葉ひとつひとつに神経を尖らせるなか、いまの一言がパーシヴァルから平常心を奪ったのは確かだ。

ジェームズは余裕の笑みを張りつけ、パーシヴァルの目の前に腰をおろした。他人にはめったに見せない笑みが、ここでは――パーシヴァルの前では――武器になる。

「なぜ、ヒナが伯爵の孫だと気付いたのですか?もちろん仮定の話ですが」

結局、尋ねないわけにはいかなかった。疑惑を疑惑のままで放置しておけない。

「あの日、僕は少々酔っていた。けれどすぐに分かった。ヒナは母親にそっくりだ。髪の色は少し暗いし、目の色も違ったけど――」

「ここでいうヒナの母親とは、レディ・アン・ラドフォードのことですか?」

レディ・アンは伯爵の長女で――上に兄が二人いた――歳は確か……三十四。現在は南フランスにいると聞いている。

「そう、アン」
パーシヴァルが一瞬遠くを見つめるように、視線を彷徨わせた。

「彼女は未婚ですよね?もしかしてヒナは非嫡出子ですか?」

パーシヴァルは声をあげて笑った。

「彼女はちゃんと結婚していた。駆け落ちしたんだ。実のとこ、これを知ったのは僕も最近なんだ。最近といってもアンが亡くなる前だから、三年よりは前だけど」

「亡くなった……?事故で、ということですか?」

パーシヴァルの口から出た『三年前』というワード。レディ・アンが亡くなったのが三年前。ヒナを拾ったのも三年前。やはりつながりがあるのか?

「そう、事故でね。夫も一緒に――」パーシヴァルが目を伏せた。

「しかし……」そんな話どこからも聞こえてこなかったし、事故の痕跡はウェルマスでは見つけられなかった。

「君がそう驚くのも無理はない。僕も少々、あのジジイのやり口には驚いているんだから。それよりも軽蔑すらしている」
嫌悪を隠そうとしないパーシヴァルの口調から、やはり現伯爵と次期伯爵の不和は噂通りと判断出来た。だからこそ、パーシヴァルは他に爵位継承者がいないというのに、その継承権を剥奪されようとしている。

「もみ消したのですか?彼女の結婚を秘密にするために?」

そんな馬鹿なとかぶりを振る。実の娘の死を葬り去ってまで伯爵が守りたかったものとはなんだろうか?地位や名誉?そんなもののために、孫であるヒナの存在を無視したのか?彼は娘以外にも息子二人も亡くしているというのに?ありえない。

「そんな生易しいものではないよ」

パーシヴァルがそう言った時、ホームズが新しい紅茶とプロフィトロールを持って部屋へ入って来た。銀盆の上のポットを見て、ジェームズは少なからず驚いた。

パーシヴァルはホームズには歓迎されなかったようだ。いや、ホームズにも――か。

つづく


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迷子のヒナ 29 [迷子のヒナ]

ほどなくして、プロフィトロールと淹れなおした紅茶をお盆に乗せ、温和そうな執事が部屋へ入って来た。一瞬、この訪問者はいつ帰るのだろうかというような視線を感じたが、パーシヴァルは気にしなかった。

執事の冷たい視線など、慣れっこだった。うちでも訪問先でも、似たような態度を取られる。侮蔑混じりの表情。この執事――ホームズといったか?――は蔑むような視線を向けないだけマシだという事だ。

執事が出て行くと、ジェームズがぎこちなく膝の上で手を組み防御姿勢をとった。邪魔が入った事で、ジェームズの警戒心が戻って来たらしい。残念だ。パーシヴァルは失望のあまり、大きなため息をついた。

「お気に召しませんか?」ジェームズが不安そうな面持ちで尋ねた。

パーシヴァルは一瞬何のことか分からなかったが、すぐに目の前の小さなシューの事を言っているのだと気付いた。

「まだ食べてもいないのに、お気に召すも召さないもないだろう?」そう言って、ひとつ摘み口に放り込んだ。

パリッと香ばしいシュー生地に歯を立てると、中からひんやりとしたクリームが溢れ出てきた。驚いて、見開いた目をジェームズに向ける。じっくりと味わう間もなく、急いで飲み込むと「君も食べてみて」と早口で言った。

ジェームズがまばゆいばかりの笑みを向けてきた。その笑顔の意味はなんだ?いや、意味などどうでもいい。パーシヴァルは眩暈を覚えた。好物を味わいながら、こんなに美しい男に極上の笑みを向けられたら、まともでいられるはずがない。憎らしい男だ。下半身がズキズキと痛み、いますぐに圧倒的な力でねじ伏せられたいという欲求が募る。

「なるほど。アイスクリームのようですが、少し違いますね」ジェームズは何食わぬ顔で、ひとつ食べて感想を述べた。

そっけない他人行儀な口調がもどかしかったが、そんなことどうでもよかった。

いますぐジェームズの膝の上に乗り、濃密で執拗に口づけ、燃えるほど熱く昂らせ、彼の硬くなった分身に貫かれたい。これまでの男たちのようにただ身体を差し出すだけの関係ではなく、情熱的に愛を交わしたい。

ああ、なんてことだ。
僕は……僕は――ジェームズに恋をしてしまったようだ。

途端に顔が炎に炙られたかのように熱くなった。僕が恋?今日初めて、ジェームズをまともに見て、まともに話をしたというのにそんなことがあり得るのか?

胸がドキドキする。苦しい。誰にも抱いたことのない感情が体中を駆け巡っている。いったいどうしたらいいんだ?

「パーシヴァル?どうかしましたか?」

名前を呼ばれて鼓動が更に激しくなった。

「いや、とても、満足してる」何かを押しとどめるように、パーシヴァルは両掌をジェームズに向かって突き出した。

意味をなさない返答に、ジェームズが軽く眉をひそめた。笑顔もいいが、鋭く探るような目つきも捨てがたい。

「そう、ですか?まだひとつしか食べていませんが?」ジェームズが言った。

そのとおりだ。
いちいち指摘しないでいてくれれば、これ以上間抜けな姿を晒さずに済むというものだ。

パーシヴァルは喘ぐように深呼吸すると、足を組み直し、どうすればジェームズの興味が惹けるだろうかと考えを巡らせた。

つづく


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迷子のヒナ 30 [迷子のヒナ]

困ったことになった。

パーシヴァルは明らかに発情している。

さきほどジェームズがパーシヴァルに対してほんの少し欲情したのとはわけが違う。パーシヴァルほど性衝動に弱い人間を、ジェームズは見たことがなかった。理性で欲望を抑えつけることが出来ないのだ。

そんな人物と部屋に二人きり。しかもこの部屋は狭く、閉め切られている。好物を堪能し上機嫌のパーシヴァルは、いまにも立ち上がって膝の上にでも乗ってきそうだ。

まだそうしていないのが不思議なくらいだ。

まったくだ。なぜそうしていないのだろうか?
相手が僕だからか?男ならだれでもいいというわけではないということか。確かに、僕には爵位がないどころか、上流階級にも属していない。ジャスティンの父親に助けられるまでは、読み書きすらまともに出来なかった。そんなこと、パーシヴァルには想像もつかないだろうな。

ジェームズは自嘲した。いくらパーシヴァルでも、相手が薄汚い野良犬ともなれば、自分を抑制する事くらいできるということだ。

がっかりなどしていない。ジェームズは表情を引き締め、くだらない駆け引きを終わりにした。いつのまにかパーシヴァルのペースに乗せられ、笑顔まで見せた自分が愚かしくて情けなかった。

「話を、元に戻しても?」顔から一切の感情を消し、硬い口調で言った。

「え、ああ、もちろん」
ジェームズの急な変化に驚いたのか、パーシヴァルは目をパチパチとさせ、気まずげに居ずまいを正し、ティーカップに手を伸ばした。

「あなたの言い分からすると、三年前、事故でヒナの両親は亡くなったという事ですね。ジャスティンが保護したのを知っていて、祖父であるラドフォード伯爵は名乗り出なかった。この話、どこかおかしいと思いませんか?」

「おかしい?」パーシヴァルはティーカップに口をつけたまま尋ねた。質問の意図がまるでわからないといった様子だ。

「ええ。あなたはレディ・アンが駆け落ち結婚をしていた事を、三年前にはすでに知っていた。それなのにヒナの存在は知らなかったのですか?」

「し、知らなかった」

動揺が声に表れている。パーシヴァルは自分に非難の矛先が向いていることに気づいたようだ。ジェームズは皮肉たっぷりに言葉を繋いだ。

「ええ、おそらく知らなかったのでしょう。そうでなければ、いくら新聞を見ていなかったとしても、事故の時にいなくなった子供を探したはずです」

「もちろんだ。知っていたら、ヒナを探していたさ」心外だとばかりに言い返す。ソーサーに戻したカップが耳障りな音を立て、パーシヴァルは苛立たしげに眉根を寄せた。

「あなたがいとこのレディ・アンに最後に会ったのはいつですか?彼女が駆け落ちするよりも前ですよね?そうすると、十五年以上前ということになりますね。あなたはその時、十二歳。まだ子供だ」

「ジェームズ!君の言いたいことは分かる。子供だった僕の記憶を馬鹿にしているんだろう?僕は覚えている。彼女がどれだけ美しかったかを。自慢のいとこだった。だからヒナを見た時すぐに気付いたんだ――」

「息子がいることも知らなかったのに?目の色も違うのに?」

「そ、それはっ……」パーシヴァルは言葉を詰まらせた。乾いた唇を舌先で舐めて濡らすと、囁き声で付け足した。「彼女が日本人と結婚したと知っていたから」

パーシヴァルの言っていることは、八割程度は事実だろう。けど、ヒナの存在を知ったのは一昨日よりももっと前だ。だったらどうして、ここにいる事にこれまで気付かなかったのだろうか?

まあ、気づくはずもないか。
ジャスティンはヒナを大切に宝箱に仕舞っていたし、パーシヴァルの方もヒナを探そうとは思っていなかったようだからな。

「それで、ヒナが伯爵の孫だったとしたら、あなたはどうするおつもりですか?」

つまりは、このことが一番重要だということだ。

つづく


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